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大阪地方裁判所 昭和41年(行ウ)17号 判決 1967年7月04日

原告 岩井清

被告 豊能税務署長

訴訟代理人 上杉晴一郎 外三名

主文

被告が、原告の昭和三八年分所得税に関して、昭和四〇年一二月二五日付でなした別紙処分一覧表「更正」欄の、更正処分のうち総所得金額八一七、八五〇円を超える部分及び無申告加算税賦課処分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一、請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。

二、請求原因(二)のうち、原告所有の本件不動産が昭和三八年三月一日代物弁済により訴外農協に譲渡され、同年七月一日その旨所有権移転登記がなされたことは当事者間に争いがなく、この争いのない事実と<証拠省略>によれば、次の事実が認められる。即ち、

原告は昭和一六、七年頃訴外会社の従業員として入社し、昭和二六、七年頃には同社の会計経理事務をその責任者として担当していた者であるが、同社は昭和二七年頃から運転資金の融通を訴外農協に求める必要が生じた。ところが一般に農業協同組合がその組合員以外の者に金員の貸付を行うことは法律で禁止されていたため(訴外農協においても、この点について監督官庁の会計監査が実施されていた。)訴外会社は原告を代理人として訴外農協理事長渡辺義治と協議の上、訴外会社に対する右運転資金の貸付は訴外会社の従業員(会計経理事務の責任担当者)で且つ右訴外農協理事長と知人関係に在つた原告を一旦右農協の組合員に加入させ同人名義をもつて貸付を行う形式をとることにした。その際、原告は、右のとおり訴外会社における会計経理事務の責任担当者で訴外農協理事長と知人関係に在つたところから、訴外会社に対する右貸付行為に伴つて生ずる一切の債務を連帯して保証する旨を訴外農協との間に約した。右協議に従つて原告は昭和二七年頃訴外農協の組合員となり、その頃から同農協は訴外会社に対し原告名義を用いて運転資金の貸付を行うようになり、その貸付関係はその後二百回前後の貸付、返済、猶予(約束手形の書替)を経て昭和三八年始め頃には貸付元本残額合計金一、一五〇、〇〇〇円と金九〇万円前後の利息が遅滞に陥つていた。この間、訴外会社は昭和三〇年頃から赤字が累積して次第に経営が苦しくなり、昭和三三年頃には訴外農協にもそのことが明らかになり、訴外会社に対するそれまでの右貸付行為に伴う債権確保の方法を講ずる必要が感ぜられてきた。そこで訴外農協では昭和三三年六月二〇日連帯保証人たる原告との間に同人所有の本件不動産につき代物弁済の予約を締結して同月二四日右予約に因る所有権移転請求権保全仮登記を経由し、更に同年七月四日主債務者たる訴外会社との間に公正証書を作成し、同社に対する右貸付行為によつて生じた債権を担保するため同社所有の機械類を譲り受ける旨の契約を締結した。ところがその後も訴外会社の経営は好転せず、昭和三四年末頃ついに倒産するに至り、担保のために譲渡をうけていた右機械類もその余の動産類と共に他の債権者によつて悉く持去り処分されて一物の資産も無い状態となり、訴外農協が訴外会社から前記貸付行為に伴つて生じた債権の弁済をうけることは不可能に立至つたため、訴外農協は昭和三八年三月一日前記代物弁済の予約に基づく予約完結権を行使して本件不動産の所有権を取得し、同年七月一日その旨の移転登記を経由し、訴外会社の代理人たる原告と同社の連帯保証人たる原告との合意の上、訴外会社に対する貸付金元本残額合計が金一、一五〇、〇〇〇円であることを確認すると共にその利息額を全部で金九〇五、〇五九円と定め、本件不動産の譲渡・所有権移転登記をもつて右主債務合計金二、〇五五、〇五九円についての原告の保証債務の弁済に代えた。

以上の事実が認められる。

右認定の事実によれば、訴外農協の訴外会社に対する右貸付行為はいわゆる員外貸付であつて組合の目的範囲内に属せず、法律上無効たるべきものであるが(最高裁昭和四一年四月二六日判決参照)原告は、前示のとおり、保証契約締結の当時訴外会社に対する右貸付行為が法律上許されないものであることを知悉しており、その後も右保証債務の弁済に代えて本件不動産を訴外会社に譲渡し、かつ所有権移転登記(昭和三八年七月一日)をすることを異議なく了承しているのであるから、この事実に従つて当事者の意思を合理的に解釈すれば、前示の連帯保証は、おそくとも右了承の時点において、右貸付行為に伴つて生ずる訴外会社の不当利得並に利息返還債務について有効になされたものと認めるのが相当であり、且つ、利息額を全部で金九〇五、〇五九円と定めた前示三者間の合意は右不当利得の利息額についてなされた特約であると認めるのが相当である(最高裁昭和三八年一二月二四日判決参照)。

そうすれば、本件不動産の譲渡は、原告の訴外農協に対する借入金及びその利息債務の弁済に代えてなされたものではなく、同農協に対する訴外会社の不当利得及びその利息債務(合計金二、〇五五、〇五九円)についての原告の保証債務の履行としてなされたものと認められる。

証人土井喜夫の証言中前示認定に反する部分は前掲諸証拠に照して措信し難い。また、前掲乙第一号証(訴外農協の被告に対する(昭和三九年二月二〇日付)回答書)、同第二号証(訴外農協備付に係る手形貸付金元帳)には、原告の住所氏名が記載されているからこれを見ると前示貸付の相手方は原告のようであるが、さきに認定のとおり、このように記載されているのは訴外農協と訴外会社及び原告との協議の上真実の相手方は訴外会社であるけれども法律上許されないいわゆる員外貸付を行うため形式上原告の名義を用いることになり、それに従つて訴外農協における帳簿もその名義だけこのように原告の氏名住所が記載されているものであることが認められるので、これをもつて前示の認定を妨げるところはない。他にこの認定を左右すべき証拠はない。

三、証人土井喜夫の証言と原告本人尋問の結果によれば、訴外会社は昭和三四年末頃経営不振のため倒産し、機械類その他の動産類も悉く他の債権者によつて持去り処分されて一物の資産もなく、原告が前示保証債務の履行によつて取得した求償権(金二、〇五五、〇五九円)は全部行使できないものであることが認められる。この認定を左右すべき証拠はない。

そうすれば、改正前の所得税法第一〇条の六第二項により本件更正処分における譲渡所得算定の基礎とされている原告の収入金額はその全部について所得金額の計算上なかつたものとみなされるのであるから、右更正処分のうち譲渡所得に関する部分(別紙処分一覧表「更正」欄記載総所得金額一、六〇九、九二九円中金八一七、八五〇円を超える部分)が違法なものであることは明らかである。この点に関する原告の請求は理由がある。

四、本件無申告加算税額金一六、三〇〇円の賦課処分が前記譲渡所得の存在を前提とするものであることは当事者間に争がない(別紙処分一覧表参照)。而して、右譲渡所得はその全部について存在しないものと認むべきこと叙上判示のとおりであるから、この無申告加算税賦課処分もまたその要件事実を欠く違法なものであることは明らかである。この点に関する原告の主張も請求がある。

五、以上の次第であるから、原告の本訴請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条に従い、主文のとおり判決した。

(裁判官 山内敏彦 藤井俊彦 井土正明)

別紙<省略>

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